国税通則法改正法案が平成23125日に国会に上程され、納税者権利憲章の策定に合わせて、改正国税通則法第1条(目的)の中に「国税に関する国民の権利利益の保護」という文言が入ったこと、また、納税者の権利利益の保護に合わせて、税務調査に関する手続規定の整備を図ったことは重要です。同法の法律名も変更されることになり、「国税に係る共通的な手続並びに納税者の権利及び義務に関する法律」(略称:国税手続法)とされました。

同年2月と3月に衆議院財政金融委員会で質疑がなされましたが、東日本大震災の影響もあり、610日には、いわゆる3党合意により「所得税法等の改正項目の協議に際し、納税環境整備が進展するよう成案を得るもの」とされ、審議が先送りされていました。

 ところが、突然、同年108日の朝日新聞で、「民主党税制調査会は107日の役員会で、未成立の平成23年度税制改正法案に盛り込まれている「納税者権利憲章の策定」を法案から外し、平成23年度改正では見送る方針を確認した。自民党が反対していることが理由で、次の臨時国会で法案を成立させるために野党の合意を取りつけることを優先する。」と報道されました。

同年1011日に東京地方税理士政治連盟による税制改正要望に関する国会陳情が行われましたが、平成23年度税制改正要望の「特に重要な5項目」には最重要項目として、「納税者権利憲章」の制定を含む「国税通則法改正の早期成立」を掲げています。

当日、藤井裕久民主党税調会長に108日の朝日新聞記事について質問した陳情グループの税理士によると、「あの記事は誤報」という回答があったとのことですが、この記事が誤報ではなくリーク記事であったことは、当日(11日)の政府税制調査会の会議資料にはすでに、「納税者権利憲章」を含む国税通則法の改正法案が見送られる内容の資料が公表されていたことで明らかになりました。

その結果、税務調査手続については、@現行の運用上の取扱いを法令上明確化する部分と、A手続を新たに追加する部分とに分割し、@のみを法案に取り入れ、また、更正の請求期間の延長と理由附記等については、原案のそのままの法案とするという内容に変更されました。さらに、納税者権利憲章については、自民党が受け入れないということで見送られることになりました。

租税法律主義は、国民の抵抗を通して獲得した国民の基本権です。近代以降の租税史というのは民主主義の歴史ともいえます。納税者権利憲章の制定の大きな目的は、税務手続の適正手続を保障することです。すなわち、適正手続は、告知・聴聞(notice & hearing)を要件とする手続保障であり、課税庁は、税務調査における事前通知、課税処分前の通知を行い、納税者に対して抗弁又は意見の陳述ができる機会を権利として保障するというのが重要な要素です。そして、これを具体化する制度的措置がまさに権利憲章なのです。これを裏付けるために、課税処分前の適正手続(事前救済制度)が法律で整備されなければならないわけです。手続法の歴史は民主主義の歴史であるといわれる所以です。

事前救済制度は、納税者の権利利益に対する侵害をあらかじめ予防できる先進制度であり、課税処分の後で事後的に救済される行政争訟よりもっと重要です。その理由は、事後救済制度によって違法な課税処分を取り消す決定とか判決を引き出す場合、納税者にとってはすでに取り戻せないほど事業上の致命的な損失をした以後のことになるためです。したがって、事前救済制度の整備が裏付けられない権利憲章は事実上その機能が半減せざるを得ないということになります。

我が国は、「租税国家」であり、租税国家は納税者の協力がなければ国の運営ができません。納税者は、国家の主人公であるとともに「クライアント」であり、納税者の信頼を確保するためには、納税者権利憲章の役割が重要です。納税者権利憲章の制定は、OECDはじめ現代租税国家の潮流ともなっているのです。
 このような重要な役割を持つ「納税者権利憲章」が、ようやく我が国にも導入されようとしていたにもかかわらず、自民党等の反対があったとはいえ民主党政権がこれを見送ったことは、歴史的な禍根として残ることになるでしょう。

 税務の専門家として税理士は、今回の改正法案に批判の目を向け、今後とも「納税者の権利利益保護」の保障を求める活動を行わなければなりません。現代国家における「納税者権利憲章」の意義を再認識し、真に租税国家にふさわしい税務行政の文化が形成されるようにしなければなりません。我が国の納税者の地位と責任が高まっていくことによって、税務行政をめぐる意識の変化を通して社会・文化の変化をもたらすことになると考えるからです。

なお、「長谷川博のブログ」でも紹介しております。